責任

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あなたの2つの地図を持つ

今あなたがたっている場所の地図はもっていますか?そしてあなたは主定的にその地図をみることができますか?

社会的地図の決定要因

あなたは今どこにいるのでしょうか?社会的な地図を見た事はありますか?
その社会的地図を決定している要因は3つあります

  1. 遺伝子的決定論
  2. 心理的決定論
  3. 環境的決定論

第1の地図はDNAです、私の性格は親譲りだ、こんな風に考えてしまうのは血筋なんだと
第2の地図は育ちや体験です、小さな頃の体験が今でも表面化する、例えば小さな頃に間違えると怒られた経験から人前で間違えを指摘されるのが怖くなって、発表できなくなるというものです。
第3の地図は環境、社会のせい、会社のせい、上司のせい、配偶者のせい、子供のせい、あなたの周りの誰かがあなたの今の状況をつくっているというもの。

主体性の地図

3つの要因からつくられた地図の上にあなたは立っています、しかし内面からみた地図はどうでしょうか?あなた自分自身の正確な地図を今一度かんがえてみてください。
状況や、社会的な地図のせいにしないあなたは、まさに主体的に責任をもち、自分の二本足で立っていることが自覚できると思います。
これが主体性の地図です。
親や血筋がどうであれ、育ちや経験がどうであれ、会社や家庭がどうであれ、あなたの行動はあなたが責任をもって行なうべきなんです。
その行動の選択は、自分自身の地図をみて決める事ができます。
どちらに進むのかはあなた次第なのです。
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そしてもう一度地図をみる

主体性をもち、自分自身の地図ができたらもう一度、あなたの血筋、育ち、環境をその地図の上に重ね合わせてみてください。
なぜなら社会はあなたをその重ねた地図の中のあなたとしてみているからです。
つまり、私たちは重なった2つの地図の上に立っているのです。
一つは自分自身の地図、もう一つは社会がみているあなたの地図。
ガレリオの逸話(事実は不明)では社会の地図においては、天動説の上に立つ自分自身をみていました。
ですが一方で自分自身の地図では、地動説の上に立つ自分をはっきりと認識していました、『それでも地球は回っている』と
あなたも、現実社会の地図と、自分自身の地図2つの地図を携えて常に現在地と明日の進むべき道を選択しているのです。



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人生を変えたいなら言葉と思考と行動を変えよ

今の人生に満足していますか?現状を甘んじて受け入れて生きていますか?もし今と違う人生を送れるならと望んでいますか?
人生を変える行動を起こしてみませんか?

現在の人生を受け入れる?とは

現状を受け入れていると言えば、一見人生に満足し、幸せだと感じるかも知れませんが、実は違います。
そもそも人生とは受け入れるモノではなく、あらたに切り開き、常に変えていくモノなのです。
あなたの今置かれている環境や自分自身のあり方は過去のあなたの行動の結果であり、それを望んで行動をしてきた結果であれば、受け入れると言う事ではなく、自らつくりだして維持している事になります。
もし、受け入れて満足となると、思考停止が始まり、それ以上の成長はなくなるでしょう。

人生を変えるのは行動

行動が変われば人生が変わります。
行動を変える一番簡単な方法は、言葉を変える事です。
ポジティブな言葉を言い続けると、ポジティブな思考になり、やがてポジティブな行動ができるようになります。
逆にネガティブな言葉を言い続けると、ネガティブな思考になり、やがてネガティブな行動をとるようになります。

変える事と変えない事

さて、あなたの今の人生を受け入れているのか?という問いに戻ります。

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例えば、毎朝のジョギングや、毎年恒例の誕生日会などは多くの気づきや感謝があり、とても幸せな気分になれると言う事であれば、これは受け入れても良い部分で、変える必用のない事です、これらの事を維持するための行動は変える必用がありません、どちらかというと維持をするために続ける努力がいります。
一方で、使い勝手の悪いお家や、目的が不明確な仕事、理解の得られない人への説明責任、つまらない飲み会などは、現状仕方が無いという事で受け入れているとすれば、これは変える必用がある事です。これらを変える為に言葉を変え、思考を変え、行動を変える努力がいります。
人生においての行動はとてもシンプルで、『変える行動』『変えない行動』の2つしか存在しません。

行動こそが真実

環境をかえても行動が変わらなければ人生は変わりません。
住むところや会社、人生のパートナーを変えたところであなたの行動が変わらなければあなたの人生は結果同じです。
知っていても、理解していても、わかっていても、行動しなければ何もできません。分かる事とできる事は違うのです。
知識があっても、実際にやってみるとうまく行かない事のほうが人生の大半を占めています、おかしいな?こんなはずではなかったと気づき考え行動し続ける、行動を変える事こそが真実なのです。
人生を変えたいなら、言葉と思考と行動を変えれば良いのです。
あなたはの人生とは、受け入れるのではなく、行動を変えるか変えないかなのです。



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責任感はあっても責任は取れない

私たちは色々な場面で責任感のある人、無い人、強い人、弱い人などと話すことがありますが、
この責任感とは何か分かりますか?
そしてあなたは、身の回りの多くの事に責任を感じますか?
もしくはなんらかの責任を恐れた事はありますか?
責任感がない?って

あなたはこれまで『責任感がない』といわれた事はありますか?

このようにいわれる背景はその発言者との関係であり、
この会話事態は不毛なのです。

そもそも責任感は本人の話なので他人から言われる事ではありません。

つまり、責任は前提として自己責任とセットであり、
感のほうは本人の意志の話ですから、
他人から責任感が無いといわれるのは、

  • 純粋に能力や知識、経験が無いといわれているか、
  • 責務の依頼条件、前提や、成果物の認識が一致していない

という事になります。

責任感は強いと思います

例えば、
子供が欲しいから、育てたいから、家族になりたいから子供を生みました(つくりました)。
であれば、子育てに対する責任感は強くなります。

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一方で、できちゃった結婚の場合
子育てに対する責任感は、子供ができた事を知ったその直後からの自身の考えにより決まります。

お給料の為に、やりたくない責務、自分の能力が発揮できない責務を
任せられるか問う場合も同様に、その責務にたいしての自分の考え方で責任感は決まります。
要するにコミットする、しないという事です。

また、責任感の強さ、弱さという事で捉えれば
本人のやる気や、好奇心、向上心と関わってきます。
自ら楽しそうだ、やりたいと思えれば責任感は強くなります。
要するにこちらはコミット具合、動機ということになります

責任感はあっても責任は取れない

ところが、責任感があるからといって、
任された仕事が完遂、達成、期待する効果を発揮するとは限らないのです。

先の例で言えば、
子供が欲しくても、なかなかできなかった夫婦に待望の子供が生まれた場合
子育てにの責任感は強いかもしれませんが、
必ずしも子供が育つベストな環境を提供できるとは限りませんし、
立派に成長する保証もないのです。
逆に、過保護や子育てに対するプレッシャーなどが悪い影響を及ぼす事も考えられます。

与えられた責務に対し、責任感だけが先行し、
業務量に対する正しい見積もりや能力以上の妄想を抱き、
現実とのギャップを突きつけられたとき、成果の隠蔽や品質低下などの悪い結果を引き起こすこともあります。

多くの人は、この『責任感がある事』『責任を取れる事』を区別していないのです。
そして、物事の完遂には『複数の人間が責任を取った結果』が必要と言う事も忘れがちです。

1人で完結する仕事を除いては、責任は役割分担(職能別、上司、部下など)の中で果たされていきます。

責任感のある上司が、責任をとって辞任する事は全く意味がありません。
責任感があるのなら、後任に引き継ぐ新体制を整えるなり、
追加予算の捻出や私財を投入してでも、仕事を完遂するべきなのです。
つまり、責任感とはプロセスや頑張りに対しての意志ではなく、結果への意志とその行動力なのです。

業務遂行能力

責任感が強いとは、与えられた責務に対して見通しがよく、
責務遂行に対する意思決定、課題解決方法の考案、立案、計画実行の具体的能力を有する事を意味します。

つまり、これらの事を実現する為に主体的に時間を使う意志を責任感と呼ぶのです。
または、責任を取れるだけの財産や、知識、経験、能力を有しており主体的にこれらの資産を使う事を指します。

責任感が強い=業務遂行能力が高い

 

責任感がある人は、業務完遂の確立が高いという事です。
責任感を持てる人は、業務遂行の為の資産や能力を有しているという事です。
責任感が高い人は、自分自身の業務完遂への意志と時間の使い方(行動)を高い次元でコントロールできるという事です。