動機

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責任感はあっても責任は取れない

私たちは色々な場面で責任感のある人、無い人、強い人、弱い人などと話すことがありますが、
この責任感とは何か分かりますか?
そしてあなたは、身の回りの多くの事に責任を感じますか?
もしくはなんらかの責任を恐れた事はありますか?
責任感がない?って

あなたはこれまで『責任感がない』といわれた事はありますか?

このようにいわれる背景はその発言者との関係であり、
この会話事態は不毛なのです。

そもそも責任感は本人の話なので他人から言われる事ではありません。

つまり、責任は前提として自己責任とセットであり、
感のほうは本人の意志の話ですから、
他人から責任感が無いといわれるのは、

  • 純粋に能力や知識、経験が無いといわれているか、
  • 責務の依頼条件、前提や、成果物の認識が一致していない

という事になります。

責任感は強いと思います

例えば、
子供が欲しいから、育てたいから、家族になりたいから子供を生みました(つくりました)。
であれば、子育てに対する責任感は強くなります。

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一方で、できちゃった結婚の場合
子育てに対する責任感は、子供ができた事を知ったその直後からの自身の考えにより決まります。

お給料の為に、やりたくない責務、自分の能力が発揮できない責務を
任せられるか問う場合も同様に、その責務にたいしての自分の考え方で責任感は決まります。
要するにコミットする、しないという事です。

また、責任感の強さ、弱さという事で捉えれば
本人のやる気や、好奇心、向上心と関わってきます。
自ら楽しそうだ、やりたいと思えれば責任感は強くなります。
要するにこちらはコミット具合、動機ということになります

責任感はあっても責任は取れない

ところが、責任感があるからといって、
任された仕事が完遂、達成、期待する効果を発揮するとは限らないのです。

先の例で言えば、
子供が欲しくても、なかなかできなかった夫婦に待望の子供が生まれた場合
子育てにの責任感は強いかもしれませんが、
必ずしも子供が育つベストな環境を提供できるとは限りませんし、
立派に成長する保証もないのです。
逆に、過保護や子育てに対するプレッシャーなどが悪い影響を及ぼす事も考えられます。

与えられた責務に対し、責任感だけが先行し、
業務量に対する正しい見積もりや能力以上の妄想を抱き、
現実とのギャップを突きつけられたとき、成果の隠蔽や品質低下などの悪い結果を引き起こすこともあります。

多くの人は、この『責任感がある事』『責任を取れる事』を区別していないのです。
そして、物事の完遂には『複数の人間が責任を取った結果』が必要と言う事も忘れがちです。

1人で完結する仕事を除いては、責任は役割分担(職能別、上司、部下など)の中で果たされていきます。

責任感のある上司が、責任をとって辞任する事は全く意味がありません。
責任感があるのなら、後任に引き継ぐ新体制を整えるなり、
追加予算の捻出や私財を投入してでも、仕事を完遂するべきなのです。
つまり、責任感とはプロセスや頑張りに対しての意志ではなく、結果への意志とその行動力なのです。

業務遂行能力

責任感が強いとは、与えられた責務に対して見通しがよく、
責務遂行に対する意思決定、課題解決方法の考案、立案、計画実行の具体的能力を有する事を意味します。

つまり、これらの事を実現する為に主体的に時間を使う意志を責任感と呼ぶのです。
または、責任を取れるだけの財産や、知識、経験、能力を有しており主体的にこれらの資産を使う事を指します。

責任感が強い=業務遂行能力が高い

 

責任感がある人は、業務完遂の確立が高いという事です。
責任感を持てる人は、業務遂行の為の資産や能力を有しているという事です。
責任感が高い人は、自分自身の業務完遂への意志と時間の使い方(行動)を高い次元でコントロールできるという事です。



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結果が保証されていない啓示を信じる事ができるか?

結果を信じることができるかとありますが、結果の前に原因があり
その変化の過程は因果関係と言われています。

さて、因果関係とはなんでしょうか?

因(原因)は、事物に変化を引き起こす始まりの状態を示します。
果(結果)は、起きた変化があてはまる終わりの状態を示します。
そして原因と結果の関係ですから、
これらの原因と結果はある一定期間において、
法則的なつながりの上で連続的に事象が変化することを言います。

私たちは、身の回りのあらゆる事に起こる原因と結果に対して、
行為として原因に対して分析判断し、基準を定め、方法に従い
原因に当てはまる成るべくして成る結果、起こる変化に応じた結果を受け入れているのですね。

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私たち人間社会は、変化の過程で感情、欲望、打算、争いなどが動機、起因となり
複雑化、多様化するなかで次々と多方面で原因と結果が発生しています。
そのため『変化を引き起こしている原因』と『原因に連繫する結果』を
的確につかみ取り、捉えることはとても難しい事なんですね。

なので、もし原因と結果の法則性を1つでも見いだせれば、
自分自身の充実感や達成感が増し、次の問題への手がかりにもなります。

私たちが、因果関係で最も重視すべきは
求めるべき結果を出しにいく原因と結果の間の人間のあり方であり
自分自身が対応し、原因の適合性結果の妥当性
根本的な決まりその事自体を価値化する事なんです。

起こり、つながり、通じ、終わる。

これらが必然的であろうが偶然的であろうが、因果関係があれば一般的な原理となります。

つまり、結果が保証されていない物事の始まりを受け入れるには、
因果関係はそもそも法則性と普遍性を根拠としていますので、
その変化の過程で対応する、関係する法則や基準をひたすらに見つけ出す事なんです。

さぁ、今日から啓示(それは保証のない結果の原因)に従い、
事の始まりとその変化を自らの毎日の行為に当てはめて
明日からの結果を創りましょう。

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人に認めてもらう必要はあるか?

私たちには承認欲求があります。

それはお金のため、自己実現、自己成長とは違います。
純粋に承認してもらいたいという欲求があるんですね。

では、誰にどのように認めてもらいたいのでしょうか?

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まず承認して欲しい人は、関係や距離感、影響度などにより様々です。
それは自分かもしれないし、家族、親友、身近な人、または見ず知らずの他人かもしれませんね。
次に承認して欲しい事はなんでしょうか?
仕事、勉強、スポーツ、趣味、互いに交わした約束事ですか、きっと色々あるでしょう。

逆に承認されないとどのように感じるかというと
無力感や、孤独感、存在意義が薄れてしまったりするでしょう、自分は自らも誰からも認められないのかなと。
つまり人間社会の中においての承認は存在の意味を正当に、ときには公に確認してもらう事なんですね。

自己実現をしている人を自己実現人、経済界に必要不可欠な人を経済人などと称するように
承認欲求を持ち、承認によって自らの存在確認、動機付けをする人を承認人などと呼ぶ人たちもいます。

あなたの人格形成の元型にもきっと承認人がいるんだとおもいます。
私たちすべてに承認人格は存在します。
時に自己実現人、経済人、職人、承認人と変化する人々とうまくつきあえれば、
毎日をもっともっともっとハッピーにすごせますねっ!

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親しい人を持ち、にもかかわらずという考え方で生きる。

あなたは、誰かの心の傷に操られた事はありますか?
だれでも軽い心の傷は認めやすいのですが、深い心の傷は認めにくいものです。
ですから、人は心の傷は深刻であればあるほど、その事を認めず他人のせいにして逃げるのです。
いったん逃げだすと、人は自分の心の傷を直視する事をさける為に、あいての心を変えようとします。

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結果自分に不満や、心の傷がある状態の人は「見返してやりたい」という復習的な動機を持ち、孤独な努力をする事になるんですね。これは、強制的に名声を求める人の姿で、
皮膚がカサカサでボロボロの下着を着て、しわくちゃな背広の上にカシミヤのコートを着ているようなものです。
どんなにカシミヤのコートを着ても、ノミはいるし、体はかゆい、そして体が汚れているから臭い。それを隠す為にさらに高級なミンクのコートにする。

一方これに対して自己実現をしている人は、
心の傷を親しい友人を持つ事と、「にもかかわらず」という考え方で自分の価値を確認します。
親しい友人と心の傷を共有し、(自分は才能がない)にもかかわらずと考える人は、自分自身に満足しているので仲間と共に自己実現的な努力をするんですね。これは親しい人に受け入れられる為に努力する人の姿で、
お風呂に入り、下着を洗い、ミンクのコートなんか着なくても、誰からも受け入れられる実際の自分を磨く事なんですね。

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自分の嫌いな行動や心理を他人の言動の中に発見しても批判しない。

あなたは自分の嫌いなところを、つい他人の中に見つけてしまうことをしっていますか。また、他人を妬み、他人と同じように成功したいと思う気持ちから他人を批判してしまうことがありますか?もし、そのような感情になったら、その動機を注意深く探ってみてください。

他人批判をやめる

他人を批判する瞬間、あなたは感情的になっているんですね。非難、批判の反対は「中立」、人や物事の状況に対して感情的にならず、心を鎮め、冷静に距離をおいてください。あなたの個人的な価値観や判断基準ではなく、相手のありのままの状態や行動を観察し、認めてみようと努力してください。これは仏教の修行でいうところの「解脱」なんですね。

「解脱」ができたら、他人のことを悪く解釈してしまうあなたの心の中にある信念を探ってみてください。そこにあなたの真実があります。そして24時間、何時何時でもどんな人のどんな行動も批判しないと決意してみてください。いつも中立でいることがどれほど大変かを知ってください。

でも大変だからといって放棄しないでくださいね、批判しないよい方法をお教えしますから。それは「同情」「共感」そして「思いやり」です。あいての立場になって、同情しながら、あいてを批判することはほぼ不可能に近いはずです。

これまで、あなたが腹を立ててきた過去の人たちを一人づつ明らかにしてください。そのネガティブな気持ちを解放し、忘れ去ってください。ネガティブな出来事をあなたの人生の記憶から永遠に消し去ることはとても簡単なんですね。なぜならその記憶を握りしめているのはあなた自分自身だからです。

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動機とは、外発的より内発的で、利己的より利他的のほうが良い。

動機の分類として3つの軸があるのをご存知ですか?
その3つとは、内発的/外発的と利己的/利他的、そして満足/不満なんです。

動機

では、まずひとつ目の内発的動機と外発的動機についてです。
内発的とは、あなた自身の内側から沸き起こってくるもので、仕事や普段の生活そのものの中に見いだすことが多いようです。一方、外発的とは、あなたの外側、他人などから与えられるもので、仕事や生活の周辺に関わることが多いようです。典型的な外発的動機は給与やボーナス(アメとムチ)なんです。人からよく見られたいとか、資格があると有利とか、自分の外に起点がある場合も外発的動機です。

一般的に、内発的動機は持続力があり意志的です。これに対して、外発的動機は短期的で反応的になります。成果主義を導入している会社はたくさんあります。こうした会社は、金銭的な報酬による刺激策で外発的動機を誘いますが、働く人は皆決して長くは続きません。やがて、疲れ果て、競争に疲れてやめてしまうんですね。長く働くには、仕事や環境、組織、職に内発的な動機が必ず必要になります。

次に2つ目の利己的動機と利他的動機についてです。
利己的とは、自分の利益を中心に据えているもので、利他的とは他者の利益がまず思いの中心にあり、結果的に自分がうれしいというものです。
「情けは人のためならず」の意味は人にかけた好意は、めぐり巡って、自分に帰するという意味ですが、これこそが利他的動機の結論です。

最後に3つめの満足と不満についてです。
アメリカの心理学者ハーズバーグは、動機について「動機付け、衛生」があることをいっています。
彼がインタビューで「非常にいい思いをした経験は何ですか?」と尋ねたところその答えは、達成感、評価、承認、おもしろさ、責任感などというものでした。彼はこれらのことを「満足と動機付けを与える要因」と整理しました。また悪い思いをした経験は?という問いに対しては、会社方針、経営のやりかた、人の監督のしかた、人間関係、環境などというものでした。これらを「不満を募らせる衛生的な要因」と整理しています。
一般的に、動機付け要因は、それが増すと満足ややる気の動機が増し、不足しても満足や動機が比例してあまり落ちていかないとされています。
一方、衛生要因は、それを欠くと不満が増し、やる気の動機が失われ、仮に十分に改善されても、それに比例して満足や動機は増していかないとされています。

これら3つのアプローチからわかることは、動機は外や他者からではなく自分の内面から、そしてそれは私利私欲のためではなく他人の為に、さらに不満を取り除くというよりはより満足を得るためにのほうが良いということが言えます。